ドキュメンタリーフォトグラファー

写真への想い
1枚の写真は、様々なことを想像させます。
そのイメージ、キッカケをつくり創造させることが
カメラマンのひとつの仕事だと思います。
ストーリーを撮り続ける中で、全体を通して撮り手の本質がぶれない
その場にある臨場感(空気)が伝わる。それがフォトグラファーの才能だと考えています。
また、それとは別の撮り手と撮られる側の関係性が
感じれれるものはいい写真ではないかと思っています。
心が動き何かとファインダーごしで向き合う中、
時間が物語に生まれ変わり、その瞬間に時間がときに変わります。
写真を撮るという行為よりは、カメラマンが創りだす様で、
実は逆に撮らされている、それが本来の姿のような気がします。

お盆を迎えて

今年は、山口の実家には帰省せず
東京で生活を送っている。
お盆の東京は、街の静けさがある。
いつも込み合っている地下鉄も今日はガラガラで
ここはほんとうに東京なのって感じるくらいだった。
朝方、靖国神社に参拝してきた。
8月15日は終戦記念日とあって数多くの人がそこに集い、祈りを捧げていた。
夏の暑さとは別の熱気を感じた。そこには、現代日本人から感じ得ない日本というもの
を思い起こさせられたような気がした。様々な想いがそこにはあるのだろう。
午後に入ってから
来月のフリーランスへ向けての準備に入った。
先日、発注したストロボ関係の機材も買いそろえ
漸く一通りのカメラ機材が揃った。
これからwantの時代からmsutの時代へと気持ちをシフトさせたい。
カメラ機材でお世話になりました、卓司さん、長壁さん
本当にどうも有難うございました。

水路(Bruma)

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何気ない風景の中にこそ、
大切な記憶が眠っていると思う
風景を見ているようで、
自分自身を写している
目の前に写る全てのものが、
鏡写しだから
幸せは自分のこころが描くもの

北京オリンピック

北京五輪が始まり、
連日の様にトップアスリートたちの
熱い眼差しを目にする。
様々な想いが交差する中で、この大会にかける各選手の意気込みは
凄まじい。そして、その演技からは想像を超えた美しさが伝わってくる。
この瞬間にすべてをかけ、戦いに挑む
その真っすぐな姿勢、情熱
結果そのものよりも、そこから伝わる人間模様
スポーツならではの心地よさ、潔さ、美しさ、
超越した何かに感動する毎日
スポーツは、ある種究極的な芸術なような気がする。
戦う選手の後ろ姿は無言で語りかけてくるものがある。
これからも、日本選手のご活躍期待しています。

Innocence

歳を重ねるごとに
忘れゆく姿がある
何かにとらわれ意識することが
それを偽りに変えてゆく
ニュートラルな姿勢
初心は無心
だけど人は変わってゆく
戻りたいけど戻れない
その気持ち
気がつきたい
素直な姿に

ヒロシマ・ナガサキ

先日、スティーヴン・ナガサキ監督のヒロシマ・ナガサキという映画をみた
今日で、世界で初めて日本に原爆が投下されて63年の月日が過ぎる
1945年8月6日広島、8月9日長崎に原爆が投下され、
それ以降、未だに後遺症に苦しむ人たちがいるという現実
http://www.nishinippon.co.jp/media/news/0208/genbaku/rensai/dansou/01.html
(ナガサキの断層から)
これからの時代、
戦争を体験したことのない人たちの世代へ変わってゆく
日本人のひとりとして忘れてはならない
そして歴史を繰り返さぬよう、
もう一度再認識することの大切さをおもう日だろう
どんなに時代が進歩し豊かになったとしても、決して忘れてはならないことがあると思う
ひとりの日本人として

シャングリラ(Afghanistan)

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アフガニスタンの中で幻の湖とされているバンダミール。
灼熱の太陽が照り続ける中、音のない、無音の世界がそこには広がっていた。

涅槃のとき(讃岐)

伊予の国で癒された私はお遍路における最後の道場へと足を進めた。
時間は変化の様子。時間を遡ろうとして見えないことは多々あったが、
変化の様子を遡ろうとすれば、そこには路の上の様々な出来事が駆け巡る。
様々な想いが胸の奥を熱くさせる。
あと一国で遍路という移動も終わる頃、自分がこれまで心の中で
頑なに持ち続けていた不必要な荷物が消えていることにも気付いた。
自分と他人、自分の世界と他人の世界、それらを測り続けた
古い心の物差が消えていた。
すべては縁をもって関わり、一つの世界に存在している。
ある晩、俗にホームレスと呼ばれる男と共に夜を過ごした。
日が暮れて、野宿する場所として灯りの洩れる小さな駅のホームに近づくと、
ベンチにボロを纏ったその男が座っていたのだ。
簡単な挨拶を交わし、私はザックを降ろした。
その男は乳母車を押しながらお遍路をしていることを打ち明けた。
いわゆる職業遍路である。
職業遍路は遍路して歩くと云うよりは、同じ地域を何度も行き来する中、
人からの接待、施し、托鉢をあてにして一生涯、四国を歩き続けるという人々で、
四国には常時150人〜200人ほどいるという話をそれまでの遍路道中で
聞いたことがあった。春先には接待を目当てにたくさんのホームレスが大阪から
四国に流れ込んでくるという話もあった。
すべては縁をもって関わり、一つの世界に存在していた。
私は遍路を介して四国にて出逢ったその男とその日の夕食を共にした。
ご飯、みそ汁、漬け物等の簡単な食事を振舞ったものの、
男は久しぶりに米にありつけた、と喜んでくれた。
私は男の瞳にも海のような深さを感じた。
1月22日、結願の日。
長い道程を歩き続け、辿り着いた先で私は深く頭を下げ祈った。
ぬくもりを頂いたすべての人々に対して、
長い年月をかけて踏み固められた遍路道に対して、
深く深く祈りを捧げた。
祈るとはお願いすることではなく、
心の中で共に在ることの実感を込めて。
感謝する気持ちがあれば
優しく謙虚でいられる
そしてあゆみ続けられる
同行二人
お遍路道をころがり続ける中で
いつも気持ちはふたつのようで
ひとつなのだろう

菩堤のとき(伊予)

伊予の国。
遍路道中において私が最も癒された場所。
そこに在る自然、そこに住む人々から頂いた暖かいぬくもりは
慣れに応じて忘れかけてしまいそうになるものを気づかせてくれるような
大きな真心だった。
私は伊予の国に来て、何度も真心のぎっしり詰まったお接待を受けた。
施し頂いたお接待は常に無条件であり、無償だった。
幸せを感じ、幸せについて想い馳せると同時に
アジアを旅していた頃を思い返し、大きな幸せ、小さな幸せ、
慣れの中で幸せのサイズを測っていた頃が自分にあったことを想い出して
恥ずかしくなった。
伊予の国でこれまでの人生にあった、たくさんの忘れ物をさり気なく
届けてもらった感じがした。
そしてそのことがやはり私にとっての幸せの一つだった。

修行のとき(土佐)

遍路道中において札所の数は少ないものの、距離が最も長いとされる高知。
風景は見渡す限り海。蒼い海が続いていた。
その海の蒼さは深く、何もかもを受け入れてさえ怯むことのない、
旅人の瞳の深さを連想させた。海の如く蒼き深き瞳を持った旅人。
そんな旅人に私はアジアを移動している時に出逢った。
彼は私よりも年下だったが、私よりも大人だった。
己について探求し、己と世界との関わりの中で想い立ったことすべてを
実践することのできる旅人だった。
彼との出逢いが様々な縁をもたらしたように想える。
彼を見ている中に、私自身の足りないものを見出すことができたし、
彼の言葉の中に、私が言葉で語れない私自身の魂の震えを見出すこともできた。
私が四国八十八箇所をお遍路しようと決意した背景に彼との縁がもたらした
心の動きがある。
単純に自分自身と彼を比べてしまうことには何の意味もない。
ただ、自分に足りないもの、自分に必要なものを探し歩く中で
自身と向き合い、多くのことを実践して行くことには大きな意味があるはずだ。
私はその蒼く深い海を見つめながら、初心を思い返した。
海を見渡せる遍路道中では、真っ黒に日に焼けした漁師達との出逢いがあり、
その笑顔に助けられ、癒された。
漁師達の話はロマンに満ちていて、そして何よりも男気溢れていた。
水揚げされた魚の匂いが厳しい漁に向き合う男達の匂いに感じられた時、
私の中に熱いものが込み上げてきた。
美しかった。
どんなにくたびれ、汚れた格好をしていても、毎日必死に生きる漁師達が
とても美しかったのだ。
お遍路はお寺を打ち参りする中に、その道中に、様々な人々との出逢いがあり、
その場に香る様々な匂いを通じて、自分らしく毎日を生きている人々が
通りすがりの者に何かを学ばせてくれる、教えの庭であることに気付いた。
その教えの庭において学ぶには、すべてを受け入れようと気張るのではなく、
自分のすべてを預けてしまうことだと実感した。
私は生きているのではなく、生かされているのだから。