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谷地村さん、どうもありがとう!

映画ビル・カニンガム&ニューヨーク、
共感できるものありました。

一緒に観たカーネーギーホールが、懐かしかったです。
あの時、色々ありましたけど 笑
今では良い思い出。

何だか、最近のモヤモヤがスカッとしましたよ。

求道者ビル…
あの言葉が止まった瞬間
ビルのlifeを感じました。

フィルム時代のあの時の想いを、ふと省みる時間
最後のビルの言葉に、東京を想像。

2013.10.23 Namie-cho Iitate-mura Fukushima

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東日本大震災から、2年8ヶ月 波江町 飯舘村
放射能に汚染されたまま、未だ手つかずの大地
この土地を、苦渋の選択で去らざる終えなかった、人々の思いを忘れない
この期に及んで、原発を推進する政治家のこころが全く理解できない

南相馬IN

明日から取材開始。

繰り返されないために、記録。
後世、そして末代に負の遺産(原発)を継承させない。

2012.8.15 Fukushima

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フクシマ

忘れないFUKUSHIMA

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ご縁があった方々、周りで支えてくれた方々が、幸せと希望を抱く写真を撮り続けたい。
それが、たとえ理想であったとしても…
志忘れない、日本人のポテンシャル忘れない。
福島忘れさせない、日本の社会を担う、子供たちの未来を憂う。
日本の大人の使命ではないかと…
無関心こそ最大の罪と思う。

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亀山さん、土門拳賞おめでとうございました。
今夜のメーデートークショー、味わい深くとても良かったです。
素潜りのお話、とても興味深かったです。
15〜20m潜れるって、やはり仙人ですね。笑
そこにはどんな世界が存在するのか聞いてみたかったです。
生と死のボーダーラインを生きぬいた人でしか見えない世界ですね。
いつまでも、記憶に深く残る写真撮り続けてください、影ながら応援しています!
5/7銀座ニコンサロンに向かいますね、生焼きプリント楽しみです。

マリオ・ジャコメッリ写真展

独特のモノクロームの世界観でプリントされた写真は、詩的だが生っぽさと幻想を膨らませれるような絵画だった。
死生観とジャコメッリ自身のバックグランドに流れる時間の重みを感じた。
全ての写真から、普遍的な時間軸を感じる。
写真に込められた、ジャコメッリの思想と人生観に引きつけられる。
現在の消費社会と反比例する、ジャコメッリの持つ人間性、生き方に考えさせられるものがあった。
偉大なWORKS。

以下、MARIO GIACOMELLI『黒と白の往還の果てに』図録から

“もし私の人生で良かったことをあげるなら、貧しかったことと、私が受けたすべての苦悩である”

”それぞれの道をゆく車輪が存在し そのどれもが人生の意味を探しにゆく。
苦しみのあるところに希望を見つけ 歓びと思しきものは辛いあと味を残す。
きっとそこにこそ人生がある、ひとりひとりの苦しみがことさら大きく 世界の命では生ききれないところに。”

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同感を覚えたコメントから抜粋。

“映像において大切なことは、写っている物ではなく、写っている物と写っていないものの関係性が読み取れるかどうか、
そこに偽りがないかどうかだ”

”本当に大事なことを人に伝えようとする時、もし簡単に伝えられるならばそうした方がいいに決まってる。
しかし、わかりやすく伝えようとしても、事実の重みを知るがゆえに、そう易々とできないことがある。
単純化してその重みを消してしまうのではなく、その重みを重みのまま伝えること。
私が信じて頼りにする表現の力とは、そういうものだ。”

”いい写真かそうでないか、好きか嫌いか、わかるかわからないかといったことが写真において議論されることがあるが、
私にとって、そういうことはどうでもいい。私が写真を見る基準は、その写真に信頼ができるがどうかに尽きる。
信用ではなく、信頼。嘘か正しいかではなく、その写真の力を信じて頼ることができるかどうか。”

S氏

”『なぜそこまでして撮影に通うのか』と問われれば、『こちらが本気にならないと、相手が本気で返してくれないだろう』
と答えるだろう。人に対しても、自然に対しても、見えない力に対してもそれは変わらない。
続ける事で自分も相手も変化し、その変化の過程にこそ驚きや成長、感動やシャッターチャンスが潜んでいる。
そこを端折っては結局浅いものしか見えて来ない。対象と真剣に向き合う事、自分の心に忠実である事、続ける事、
それらがものづくりの根幹にある。”

”結局、私にとって『写真』以前に『人』が在るのだと思う。人としてありたい。
そう願う心が、自分に欠けているものを埋めるために、ある場所へ、ある人の元へと通わせるのだろう。
自分が求めているものが目指す先にあって、対象の懐が深いほどのめり込んで行ける。
それは信仰と同じようなものなのかも知れない。必死にあがくことでその都度、道は開かれれる。
意思を貫くには、精神的な強さと人の支えが不可欠な事も改めて学んだ。そして撮影を通じて、
言葉にできない、でもまさに感じるものに『写真』としての命を吹き込む。
撮影、現像、暗室でのプリント作業。その繰り返しから、いつしか作品が生み出される。”

K氏