はじめに

目的に向け歩き続けること、
真直ぐ一直線に歩いて行くことではなく、
在りのまま、感じるまま
段階を経る中、巡り歩くこと
当時の私に必要だったことは
その想いを実践することだった。
さらに自分の中に凝り固まったもの
自然に身を投じ、野宿巡拝に取り組んだ。
自然体となることが、自身に本当に必要となるものを
判断し結びつけてくれることを信じて。
希望と不安に塗れながら
12月の寒空の下、私は「順打ち」を開始した。
遍路が札所を巡拝することを「打つ」と云い、
一番札所から八十八番札所へと番号の順に巡拝することを
「順打ち」と云う。